昔昔、あるところに。
生まれた時から道を決められた男がいました。
男の傍には、当たり前のように剣があって。
当たり前のように斬って、当たり前以上に斬って。
それ以外になにもできない、単なる男が。
けれど男は、そのことに心を痛めることはありません。
コロコロと変わる主の言うことを聞くことが、彼のすべてでした。
いいえ。別に。主などというものでなくとも。
彼は言われたことを、言われた通りにする。
そんな、心のない生き物でした。
だから、彼は。
ある少女に助けてと請われた時、あっさりと頷いて、少女を抱えあげました。
「…どうかしましたか? ぼんやりとして」
「いや別に。ただ単に。お前がいるなと」
「……そりゃあいますよ。私、あなたの妻だし」
かつて少女であった女は笑う、やんわりと。苦く。困ったように。
かつて何も持たなかった男は、ぼんやりとその姿を見ている。
ぼんやりと、静かに抱き寄せる。
「あなた。どうかしたの?」
なにもかものを持ちえなかった男は、当然の様に名前もなかった。
おおよそは番号で呼ばれていたし、色で呼ばれた時もあれば、役職で呼ばれたこともある。
だから名まえなどないといったその時、ひどく怯えた顔をした女は、今。気ずかわし気に彼を見ている。
あなただのお前だのという言葉で呼びかけられることも、なくはなかった。
けれど。
「…あなた?」
けれど、目の前の女の声はひどく穏やかに響く。
穏やかな気持ちになるから、ぼんやり穏やかなことをしている。
「……大きな子犬に懐かれている気持ちだわ」
「そうか」
「あなたはいぬなんてものじゃない気がするけど」
「そうだな」
「でも犬っぽいのかしらね。仕事人間的な意味で」
「そうか」
「犬。そうよ犬。なのに…ねえ。あなた。一度聞いてみたかったんだけど、どうしてあの時私を助けてくれたの?」
「あの時は何も命じられていなかったから。そのうえでお前が助けてといったから」
「…あなたがそういう人なの、いい加減わかったつもりだけど。じゃああの時売り物は逃がすなといわれていたら?」
「何度も逃げられると面倒だから足辺りを折った」
「……つまりやっぱり、全然あったかい気持ちとかはなかったのよね」
「それはそうだな」
「なのに今は優しいのね」
「優しいのか」
「…少なくとも私には」
いって女は、また困ったように笑う。
最初の頃は怯えているとしか映らなかったその表情が、今の彼にはそう見える。
別に怯えてないわよあなたは助けてくれましたし―――でも。実際に助けられると、あなたになにをできるか分からなくて。
だから困る、と。
そんな風に笑っている女だと、知っている。
「……お前はいるな、と思っていたんだ」
「はあ」
「お前はここにいるんだなと。そう、思ったんだ」
「……なんだか。縁起でもないわ。そんな口説いているようなことを言われるの」
「俺はお前を口説いているのか」
「……私にはそう聞こえるの」
紫音のお父さんとお母さんのだいぶ昔のお話。心のない人形と不幸中の幸いに恵まれた女の子のお話。
悪か善かといわれたら極悪人。冷血が熱血かで言ったら血が通ってない。助けてといわれた時に逃がすなといわれていたら当時なら首を落とした人。
そんな殺人鬼が他人を守りたくなって飼い主裏切るのはもう少し後の話。
もう少し後の姿しか知らない娘は感情豊かに闇落ちしかけましたが自分の父親の昔を聞かされてああ仕方なかったんだなあむしろ私なら裏切り者の娘は生かしておかないなあえなに私結局情けかけられてるわけなんだそれ。と変なところに落ち着いた。
紫音と聖那はセットなので色々とかぶらせて作ってます境遇的なあれやこれを。
どうか違うところにと望まれたコンビ。まあ違うところにはいったけど平穏にはいかなかったコンビ。聖那の母親はともかく紫音の母は草葉の影で号泣してる。いや。生きてるから泣きはしないか。
なおタイトルは椿四重奏のアンブレラから。折れない傘が必要さあのこの傍に行くために。なんとなくそんな感じ。

PR