昔昔あるところに。
特になにを持つわけでもない男の子がいました。
何を持つわけでもない男の子は、それでもそこそこに、あるいはそこそこ以上に腕が立ち。
それなりに強運を持っている男の子でもありました。
そうでもないと、生き残れないような環境にいました。
そうでもないと、生き残れないようなその場所だから。
男の子の傍には何も残りませんでした。
昔昔あるところに。
少々人間離れした強さを持つ女の子がいました。
強くなければ捨てられる環境で、なにもかもを切り捨てなければいけない環境で。
生き残ってきた女の子は運がよいともいえるし、そんな環境にいる時点で運が悪いともいえました。
運の良しあしにかぎらず、明日の知れない命でした。
明日は知れず、過去も持たず。
ただ誰かの剣であれと命じられた女の子の傍には、なにもありませんでした。
昔昔、あることろで。
大けがをして捨てられた女の子を、男の子は拾い上げて。
助けろと首を絞められたので拾っただけで、まったく助かるとは思って居なかった女の子は、なんの因果か回復し―――
「…どうしてこうなった」
「え、なにをいきなり。今更」
しみじみとした呟きに、ふがしをくわえた女が振り返る。
よく喋れるな。その状態で。
そんなことを思う彼は、もう一度しみじみと繰り返す。
「どうして…こうなった」
「…そんないやそーに言うことないでしょ。仕方なかったんだ。大体深追いしたのはあたしだけどあんな仕事もってきたのあんたでしょうが」
先を歩いていた足を止め、くるりと踵を返し。
こちらに向かってくる女に、男はゆるく首をふる。
「…いや。今二人で必死に逃げ回っていることでもないよ。俺がどうしてと思ってるのは」
「…じゃあなに。どこ? あたしがさっきあんたの分の串カツも食ったこと?」
「俺揚げ物食えない。もたれてあとでしんどい」
「嫌そうな顔しなくてもいいでしょ。偏食」
「黙れ悪食」
「食欲旺盛と言え。…で。本当に、なに」
「…たいしたことじゃないよ」
「ふぅん」
「お前はくたばらないなあとしみじみしただけで」
「……それでそんないやそーな顔するのか。どういう神経してんだよ」
「今くたばられたらいやだなとつい考えた」
「…なに。あんた。…本当にそんな、しみじみとしたこと考えてたわけ? フラグが立つよ」
「なんのフラグだよ」
「死亡フラグ」
「常に立ってるだろ。お前も俺も」
「余計によってくるっていってんの。…だから笑いなよ」
「……お前のその太い神経は財産だな」
背中をばしばしとたたいてくる手に、男はかすかに笑う。
彼女の言葉にならって、ではなく。
痛む背中に、他人の体温に、やんわりと苦笑した。
―――昔昔、あるところで。
何も残らなかった男の子と女の子が出会って。
笑って怒って、守りたいものや守らなければいけないものができたころ。
両親によく似た男の子が生まれるのは、そのだいぶ後のお話。
愛がないわけじゃない、さして何かあるわけじゃない、愛ってそんなもんじゃない?
だいたい測る術もない、 ムダなことなんてしない、大したもんも持ってない、だからなくすもんもない、そして帰る道もない by紫咲コウ
そんな感じの深丞夫妻。夫妻なった後もお互いたいしてときめかない。相棒だとは思ってる。
なんで夫婦やってるかってうっかりの接触事故だなあともお互いに思ってる。なにがうっかりってできた子供を割と驚くほど大事に思っているところだなあとも思ってる。人を大事にする方法など知らずに生きてきたのにねという。すごい似たもの夫婦。
野良でさまよってた父と色々とろくでもないことやらされてへまして死にそうだった母の話。どっちも結構性根がいいタイプではない。でも極悪人というほどでもない。
身内にだけは優しいし甘い。自分の傍に残るものなんてないと思っていた所為で反動が出た。
適度に自分勝手で適度に他人本位な一家ともいう。

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